冬をむかえる

冬をむかえる
'20.12.22 愛知県海部郡飛島村梅之郷 日光川排水機場付近にて撮影

2024年4月20日土曜日

親切な自転車乗り

  西野尻駅は三岐鉄道の終着駅西藤原のひとつ手前の駅である。無人駅で駅舎もない。ホームには屋根もない。駐車場から直接ホームに上がる狭い階段があるだけだ。わが家からちょうど15㎞の距離なので、朝の間にちょっと走るには恰好の目的地になる。

 先日、その駅前の階段に座り一息入れていると、1台の自転車が颯爽と通り過ぎた。乗り手とちょっと目が合ってお互いに軽く会釈をした。かなりスピードが出ていた。本格派のロードバイク乗り。ウエアも決まっていた。

 2.3分も過ぎたころだろうか、その自転車が引き返してきた。体格のいい歳のころは30代の半ばかと思われる男性が、自転車を降りヘルメットを脱いで近づいて来た。

 所在なさげに座っている爺さんに道でも尋ねに戻って来たか。自転車に乗っている爺さんということは判ったらしいな。能天気にそう思っていた。ところが相手の方は違った。「おとうさん、どうかされましたか。何かトラブルですか」と心配そうに声をかけられた。通り過ぎてから気になって引き返してくれたのだ。

 「心配をおかけした。わざわざ引き返してもらって申し訳ない」とお詫びをした。親切に声をかけてもらったお礼も言った。しばらく雑談をするうちに、親切な自転車乗りは「もしかしたら、ハンガーノックかパンクかと思ったので」と私を年寄り扱いして心配したことを、かえって申し訳なさそうにしていた。いや、十分あり得ることだ。嬉しい配慮だ。

 高齢者の自転車を尻目にかけて追い抜いていく若いライダーを見かけるが、こういう親切な自転車乗りもいるのだ。「情けは人のためならず」とは、情けをかけてはその人のためにならないという意味に間違って使われることが多い。親切な自転車乗りさんには、いずれ人のためではなくご本人のところへ、親切が巡っていくことだろう。


素っ気なく
通り過ぎる

ふと気にかかる
つい気にかける

それとなしに
見つめている

思いもよらず
見られている

開花は人のためならず
いずれ実になる
やがて幹になる






2024年4月13日土曜日

じっくり気長に

 じっくり取り組む。気長につづける。子どものころから全く縁のないことばだった。小学校や中学校の通知表には、落ち着きがない、集中力に欠けると必ず書かれていた。子どものうちから落ち着いてしまうというのもいかがなものかと思うが、何かに集中するというのは大切なことだ。

 学年が進むと、ケアレスミスが多い、物事に慎重に取り組みたい、と言葉は変わっても、同じようなことを言われつづけた。授業中に話をしっかり聞けないというおまけもついていた。

 落ち着きのない子どもが、授業をする側にまわった。37年間も教員生活を送った。カウンセリングマインドが大切とばかりに、生徒たちの言い分に耳を傾ける努力はした。実際のところはどうであったか。せっかちさが先にたち、自分の考えを押し付けることが多かったと後悔することしきりである。

 還暦を迎えて、仕事を辞して、暇ができた。手元不如意だが時間はある。多少なりとも、じっくり気長にものごとを考え、取り組むことができるようになった、かもしれない。

 例えば、自転車。急ごうと思っても、自分の脚力に相談すれば、急ぎようがない。景色を楽しみながら、じっくり気長に前に進むしかない。自転車の整備をしようと思えば、部品を注文して届くのを待つ。届いた部品が上手く取り付けられなくても、じっくり構えて気長に工夫して、何とかものにする。

 先日、自動車の錆びついたホイールの塗装をやってみた。いずれ、自転車のフレームも塗装したい。予行演習のつもりである。自分でやれば経済だ。先ずは錆を丁寧に落とす。色を塗って乾くのを待ち、重ねて塗ってまた乾くのを待つ。艶出しのラッカーを塗ってさらに待ち、ラッカーを繰り返して塗る。

 じっくり塗料や艶出しを塗り気長に待つ。この歳になって、ようやく子どものころには縁のなかったことにも出会えているようだ。


身から出た錆は
自分で落とす


はみ出さないこと
はみ出させないこと

塗っては待ち
待っては塗る

いずれは光る
いずれは咲く

今年は遅い
さくらを待つ

じっくり気長に 
待って咲いた
咲いた桜が咲いた

2024年4月6日土曜日

憧れのスペース

  雨の日には自転車に乗れないので、家にいて自転車の整備をする。車を停めているカーポートの下で自転車の不具合を調整したり、部品の交換をしたりする。吹きさらしで雨が降りこむ。冬は寒いし夏なら暑い。

 何よりも困るのは、作業をやりかけたままで中断して、翌日回しにできないことだ。中断するときは、取り散らかした工具や部品を一旦すべて片付ける。作業を再開するには、工具や部品、整備中の自転車をもう一度カーポートに下に並べ直す。面倒この上ない。

 自転車仲間の何人かはガレージを持っている。雨の日でも音楽を聴きながら車や自転車の整備ができる。そんなスペースに憧れる。留守にしているときでも、自由にガレージを使っていいといってくれる人もいるが、我が物顔で他所のガレージを使わせてもらうのは気が引ける。雨の日や外が暗くなっても心置きなく自転車いじりができるスペースが欲しい。

 父の一周忌が近づいたので、遺品の整理を思いついた。父の居た部屋を整理すれば、自転車を持ち込むこともできる。家の中に自転車を持ち込むのは違和感があるが、吹きさらしの屋外で凍えながら、炎天下で熱中症を気にしながら、自転車を整備することはなくなる。何よりも、好みの音楽を聴きながら自転車を眺めていられる。機械いじりが好きだった父の遺した工具類がそのまま使える。願ったりかなったりだ。

 長い間父の使っていた畳の部屋の改装から始める。自分で手掛けるにわかリフォームだ。畳の上にウッドカーペットを敷く。作業台を置くには床の補強も必要か。自転車の出し入れができるように、部屋の外に小さなウッドデッキを組む。

 雨風や炎暑がしのげる。工具や手入れの用具を手の届くところに並べておける。夜も作業ができて中断も意のままだ。手狭ではあるが、長年憧れていたスペースに近づけられそうな気がしている。


露地の作業は
寒いし暑い

憧れているだけでは
憧れで終わる

歳をとっていても
減らすだけでなく
増やすこともある

歳を重ねていても
狭めるだけでなく
拡げることもある

憧れて近づくと
新しい憧れが
また遠くに見える





2024年3月30日土曜日

マルハラスメント

  「優しさにひとつ気がつく ✕でなく〇で必ず終わる日本語」。俵万智さんの短歌である。

 少し前に、「マルハラ」という言葉が話題になった。若者が怖いと感じるマルハラスメント。彼らは「はい。」「了解しました。」「連絡ください。」と、中高年から送られてくるメッセージの文末に句点がついていると、距離感や冷たさを感じ、恐怖心を抱くという。チャット感覚でLINEのやり取りをする若者たちは、句読点をつけた長いメッセージをおじさん構文、おばさん構文と呼んでいるらしい。

 否定的な✖ではなく、必ず文の末尾に〇をつける日本語。気持ちもマルくおさまりそうではないか。〇が怖いなんて言わずに、その優しさすばらしさに気づいて欲しいというのが冒頭の俵万智さんの短歌。その短歌の意味さえ判らないという若者の投稿もネット上に見られた。本を読まない、長編小説など無縁という人なら、句読点は無用かもしれない。丁寧に正しく文意を伝え、正確に読み取ろうとすると句読点は省けない。そう思うのは自分だけか。

 自転車とマルハラには、さて、どういう関係があるか。こじつけていえば、〇の怖い人は自転車には乗れなくなる。自転車の構成部品はほとんど円形、〇なのだ。タイヤが丸いので、その中に入れるチューブも、それを支えるリムも丸い。力を伝える歯車も〇型だ。おまけに周りには尖った歯が並んでいる。丸いものづくしの自転車に、〇の怖い人は距離感や冷たさを感じ、恐怖心を抱くことになりはしないか。その割に、若者の間でもスポーツ自転車は人気がある。

 自転車は面白い、自転車は健康にいい、ぜひ自転車を始めるべきだ、などと強調し過ぎると、バイクハラスメント、「バイハラ」もしくは「チャリハラ」と指摘を受けかねない。日本語の〇も自転車の面白さや部品の〇もなくてはならないと思ってはいるが、若者には無理強いしないの方がよさそうだ。

〇を重ねて
〇を繋げて
形をつくる

〇は錆びついた過去か

大きさで威圧し

高さで迫り

繰り返して
押し寄せる


2024年3月23日土曜日

維持費について

 我が家には車が2台ある。1台は2シーターのオープンカー、マツダ・ロードスター。かなり古い。エアコンが故障したままなので夏場は乗らない。冬タイヤを装着しないので、冬もほとんど乗らない。年間に数千キロしか走らない。自転車より走行距離が少ない。それでも、維持費はそれ相応にかかる。

 片や、自転車の維持費といえば、これは微々たるものである。税金がかからない。車検や強制的な保険もいらない。自動車は乗らなくても維持費がかかるが、自転車は乗らなければ維持費ほとんど必要ない。

 仕事を辞めて、定期的に外へ出ることはなくなった。人と会う機会も減った。自転車の走行会仲間や、ご近所の人と出かけることはある。昔生徒だった人たちやかつての同業者仲間ともときどきは会う。それにしても、あまり身をかまわない。出費は大きく減った。

 さらに出費を抑えるためには維持費のかかる車を手放そうと思うこともある。手放すものがふえると生活に潤いがなくなる。終活などといって無闇に愛着のあるものを手放さない方がいいようにも思う。こだわりは捨てるとか、ものに執着しないとか、それが高齢者のわきまえと決めつけることはない。

 他の人にはガラクタに見えても、自分の気に入ったものを身のまわりに集めておきたい。子どもたちにはお手間をとらせて申し訳ないが、私がいなくなれば廃品業者さんにでも頼んできれいさっぱり捨ててもらうようにお願いしておく。

 安かろうが高かろうが、何かを持っていればそれを維持する費用はかかる。何よりも自分自身を維持するのが一番厄介だ。自動車やわずかとはいえ自転車にも維持費がかかる。それもこれも自分を自分らしく維持するための費用と思えばうなずける

維持をして
ときを待つ
どこまで広がるか
いつまで続けるか

ときが来れば
花は花を咲かす
実は実をむすぶ

ときが来なくても
つなぎとめておく

ときが来なくても
静かに眺めている

 

2024年3月16日土曜日

イメージライド

  F1ドライバーのアイルトン・セナが、コクピットの中で瞑想にふけっているシーンを思い出す。じっと目を閉じて、レースの会場になるサーキットのコーナーや直線を思い描く。どのコーナーのどこでブレーキをかけて侵入し、どこで加速して抜け出すか。コーナーを抜けるライン取りも確認する。直線で前に車がいたらどう追い抜くか。レースのすべての場面のイメージをあらかじめ作り上げる。実際の走りをそれに重ねる。

 稀代の名ドライバー、アイルトン・セナとは較ぶべくもないが、自転車で走るときには、その日のコースをイメージする。遠出のときには行程を想定するのが難しい。あらかじめコースをきちんと決めるわけではない。どの方面に出かけるか思い描いてみる。坂の多いコースか、風向きはどうか。帰路で向かい風になるコースはできるだけ選ばない。選んだときには、帰りの厳しさをイメージし覚悟しておく。あまりにもきつそうならコースを変更する。

 近場の走り慣れた道でも出かける前には考える。クロスバイクでならどう走るか。ロードバイクではどんな走りになるか。一緒に走る人がいるときには、相手や仲間のことも考える。自分が引っ張る方か、引っ張られることになるか。イメージライドといえばいいのだろうか。あらかじめ走りのイメージを作っておけば、身体や自転車に無理な負荷をかけることがない。不安は減り、不慮の出来事を避けられる。 

 自転車の整備をするときにも、取り掛かる前に行程をイメージする。自分でやり始めて、最後までやり遂げられるか。自分の技量でも確実にこなせるか。不安なときにはYouTubeの動画や部品メーカの作業マニュアルなどで確認して、自分が作業している情景に重ねる。転ばぬ先の杖代わり。走り出す前のイメージライド。整備の前のイメージ作業。イメージが正確であればあるほど、不慮の出来事や失敗は減る、はずである。


心象風景の中で
歯車がまわりだす

チェーンの上を
力が渡っていく

変速機のバネが
伸縮を繰り返し
速度を上げる

今日はどの道を行くか

今日はだれと行くか

いくつものイメージが
重なりあいながら
今日はここまで来た
千草不動尊


2024年3月9日土曜日

無駄は省けない

 何をするにしても無駄を省きたい。この歳になると、欲しい物がそれほどあるわけではない。持ち物を整理することはあっても、増やすことはしたくない。シンプルに、身軽に、無駄を省いた生活をするのが理想である。

 物を持たなくてもいい時代である。インターネットにアクセスすれば、映画も音楽も好みのものをいつでも観たり聴いたりできる。大概の本や雑誌は電子ブックで読める。レコードやカセットテープ、書籍を棚に並べていたのは昔話だ。

 スマートフォンが、辞書や地図の代わりをしてくれる。写真のアルバムもアプリが整理してくれる。スマホには何でも詰まっている。無駄な物を持つことはない。無駄な時間を費やすこともない。

 自転車の手入れや整備も、無駄を省いて簡単に済ませたい。いつものコースを走り、たまには遠出をしたい。整備の時間はできるだけ少なくして、走る時間をふやしたい。

 先日、愛用のロードバイクのギアやチェーンを交換した。快調に回り変速するが、クランクギアの色や形がしっくりこない。純正品が見つからなかったので、自転車の姿がちょっとだけだが変わってしまった。

 そのままでも支障はない。もう一度ギアを交換するのは、部品代も交換の時間も無駄になる。それを承知で、別の新しいギアをインターネットで探してみる。これというギアが見つからず時間が過ぎる。無駄に無駄を重ねていて抜け出せない。

 一枚のギアを捜しているうちに、ギアの規格や値段、取付け方にも詳しくなった。無駄が無駄でなくなり、賢くなれたような気がする。

 フランス製のSPECIALITES  T.A. ZEPHYR というクランクギアを見つけた。少し高価だし、これまでのものが無駄になる。予備にストックしておけば持ち物がふえる。大いなる無駄、とはいえ、これぞ自転車の楽しみ。走行会仲間と無駄口をきいていても、そこには創意や熱意や諧謔や、愛情さえあふれている。無駄や無駄口は簡単には省けない。

寒い曇り空の下を
遠くまで出かけた

絶好の遠乗り日和に
近場で自転車に乗る

向かい風をついて
山に登った

追い風に乗って
海まで下った

今日は
早咲きの桜を
眺めている

無駄は無駄のまま
無駄に無駄を重ね
無駄が無駄でなくなる